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代替医療 - 補完医療 - 大阪の皮膚科医 ドクター奈津のひとりごと
デトックス中
2010年 10月 24日 (日) 01:11 | 編集
満月の夜に・・
魂を取り戻すワーク受けました。でも、その前からチネイザンやってて、「たまっていた毒素、臓器に宿るネガティブなものが出ますよ」と脅かされるというか、期待させられるというか、そういう状態だったんですが。もう満月の夜、超きてしまいました。

チネイザンの最中に、もうやばいな・・と思ってたんです。腎臓、大腸あたりの施術中に、腰が痛くなり(これはちょっと持病)、その感覚にフォーカスしていると、妙に心細い感じになってきたんです。なんだか、子供のころの心細さというか、そこにはかすかに怒りの感じもあり・・そして急に体が冷えてきて。あわててホットパックしてなんとか、腰痛だけはマシになったけど。
翌日も、この心細さは続き、イメージでいうと「子供が膝を抱えて座り、さびしいな~面白くないな~心細いな」という感じで、そこには「見捨てられた怒り」みたいなのか微妙にミックス。すると昼ごろから心臓から横隔膜にかけて、突然突き上げる感覚、これはホメオパシーにおけるloganeacea familyのショックというようなものに似てて、「失恋ショック」みたいな感じで、帰宅すると家族全員惨殺されているのを見た・・とか、大惨事に出くわした・・みたいなぐらいの、息が止まるようなフリーズ感で、思い当たることはないこともないけど、なんなんだ?この体感・・と
辛い。 ホメオパシーにおける、過去の状態、感情の巻き戻し現象みたいなのが起こってる。大丈夫なんか、とちょっと不安。だって、明日は講演会でディスカッションがあり、こんな気持ちでは意見が食い違っても「あなたがそう思うなら、それでいいんじゃない」などとふてくされてしまいそうだ。

魂を取り戻すワークは、それとは別に、満月だから・・ということで(あまり私には意味不明)予約していたんだけど、なんだかやたら行きたくない。しかもタイトなスケジュールの私にはめずらしくアポの一時間も前に駅に着いてしまい、することがない。空虚な気持ちのまま、街を彷徨う。なんだか、この感じは学生の頃あった。学校にも行かず、ただ街を彷徨う。自分が何をしたいのかわからなくて・・・心の中、お腹の中にぽっかりと穴があいていて、そこを風がふいてる。なんとか、約束の時間に辿りつく。ワーク中なんだか愛とかそんな言葉をたくさん聞いた気がするが、もう決定的に拒否している。もう全身全霊で拒否。「愛?そんな言葉私知りません」的に。辛い・・優しくしてくれてるのに、愛してくれてるのに、サポートもらってるのに・・
全然受け入れてないよ。

現在まさにデトックス中。
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10月22日セミナー
2010年 10月 24日 (日) 01:04 | 編集
10月22日は大阪大学コミュ二ケーションデザインセンター主催の「中之島哲学コレージュ」にてセミナーで、
「人が病み、治るとはどういうことか?ホメオパシーにおける生命観」というお題で、カフェラボスタイルの講演をさせていただいた。

最近近隣の介護施設で疥癬が大発生で、直前までバタバタして、講演者なのに8分ほど遅刻する・・メンゴ。こういうのって、本当に皆パニックになるんですよ。何人かいただけで、確かに感染対策は厳密に講じる必要はあるが、もうこうなるとちょっとしたすり傷でも、アセモでもなんでもこの病気に思われてしまう。ムシ恐るべし、ムシ一匹だと大したことないけど、集団作戦で恐れさす作戦成功してるよ。かく言う私、相当虫嫌いである。説明不能なぐらい嫌い。子供も同じ。もしかしたら虫嫌いが遺伝か伝染したのかも。中学生のときもプチノイローゼに。
きっかけは、図書館で借りた本。私自身が本の虫だったので、何でもかんでも借りて読んでた。ある本を開くと小さな銀色の虫がいて、仰天。(紙を食べるもので、たいして人には有害ではない)それから、もう部屋中、家の中、持ち物、衣服の消毒、掃除を強迫神経症的にやりだす羽目に。一日5回衣服を着替えたり。もう病気。ちなみに虫は一度一回見ただけである。私はなぜかこんな状態に突然陥り、また自然に元に戻るところがあるらしい。普段は、そこまで気にしない。

というようなことは余談で、講演とディスカッションは比較的和やかに、進歩的に進み、私は結構楽しめた。仏教とのかねあい、「先生は魂のことをどう思いますか?」と、私にしてはおいしい質問をしてもらい、ちょっとうれしかった。「ここでは、先生と呼ぶのはやめよう」という前提だったのに、いつのまにか先生に戻ってるし・・まあ、それはしゃあないです。昨今のホメオパシーバッシングとかもあり、あまりに話の食い違うレベルの質疑になると、時間もったいないな~とか最初主催者さんと危惧するところもあったんだけど、さすが集まった方たち、そんなことより、もっと「真実の話を聞きたい、話したい」ということみたく、初対面にかかわらず、経験的セミナー(ただ座って講義を聞くだけではない)になったと思う。みなさんどうもありがとう。
また機会があれば、こういうこと話してみたいです。普段、これでも治療者という肩書上、思ってても言えないこととか多いんすよ。ナンデモあり・・で話し合いたい。
人はいったい何を見ているのだろう
2010年 10月 24日 (日) 00:58 | 編集
10月22日、街を歩いていたら急に老婦人に抱きつかれた。「まあ、なんてきれいな色」と言って。彼女は私の来ていたスカイブルーのTシャツをほめてくれたらしい。「ありがとう」と言うと、「そうですよね、先生」と言う。
どう見ても痴呆症の方だが、先生と言われて、「え?私の職業わかってるの?」と、驚く。
少しして、おうちの方が追いかけて来られて「すみません」と。
そして、もしかして「皮膚科の先生ですか?」と
おうちの方はまあ見おぼえがある。

老婦人は何度も何度も「素敵だわ~」「先生」などと言う。私が「さようなら」と言うと「さようなら、また会う日まで」と歌を歌い出す。
そうですね、また会う日まで。

人はいったい何を見ているのだろう、そして私は何を見ているのだろう。

先日、渋谷のオープンカフェでビールを飲んでいた。ハロウィンもどきのパーティー帰りで、そこはシャンバラとか言って、なんでもありの会で、私もフェイスペイントしてもらい、してくださった方は「水の女神誕生」とか言ってくださっていた。ああ、そういえば、その時もターコイズブルーのドレス着てたっけ。パーティーの喧騒がつらくなり、出てちょっとビール飲んでいたら、隣の方が「すみません、サインください」と
え??何の??
一瞬いろんなことが頭をよぎる。「健康第一、わたなべ皮フ科・形成外科、院長」とか書けばよいのか??「ホメオパス?」「は?」何を求められてるわけ?一体私誰?
「えっと、何を書けば?」と尋ねると、なんと、「ダンサーですよね」と。
え、ダンサーですか?ダンサーと言えばダンサーなんですけども、え?
人間違いなのか、私に似た誰かと。それともエネルギー的ダンサーを指しているのか?
意味不明なまま、コースターにサインする。どういうわけか、「ありがとう」と言う相手。

目の前の子供に「??」とサインを送る。平然としてる娘。「何なん?あれ一体?」と聞くと、「そういうことやろう」という返事。
人は相手にいろんなことを投影する。こちらはまるでダイアモンドのカッティングのように、それを反射して返すしかない。そこに私の意思はない。ただ、光を反射するだけで。
違和感がないと言えば嘘になる。しかし今は光を信じようと思う。
マイブーム
2010年 10月 24日 (日) 00:52 | 編集
チネイザンの講習日。仕事終わってから向いました。
う~ん、雰囲気苔玉。わかってもらえるでしょうか?場所全体がなんだか苔に覆われている。
先生のところのお猫様もなんだか高い霊的波動を放っている。

ふたりで交代でお腹をもみもみ・・なんだかそうするうちに人間のお腹だという感覚、「この部分が硬いということは、あなた腎臓が疲れてますね」みたいなマインドもふっとんじゃって、ただパン生地を練っているような感覚に入っていく。それも神聖なパンもみ。ありがたや~このいただいたおからだ大事にせんといかんよ~  みたいな。

終わってひとしきりスピ談義。やっぱりそういう縁があるんだろうね。チネイザン紹介されたのも、ある方に私がいきなり「あなたもしかしてタイの人?」と話しかけたのがきっかけ。普通に日本人だったんですが、オーラがタイ人で。でもやっぱりすごくタイに縁の深い方で、彼女のPCはタイ語だった。

ずっと昔チベタンヒーリングに凝ってて、臓器の声、臓器の周波数に興味があり、まあいつものごとくあまりにぶっ飛びすぎてて、ちょっと日の目は見ないのかなと思ってたら、すごくひさしぶりにマイブームになってきてて、まあもう少し学んでみます。
宇宙の流れ
2010年 10月 24日 (日) 00:49 | 編集
あることを朝に聞いて、一気にへこむ。
光の強さが闇に負けそうに・・
「あなたは人がよいから、騙されているのだ、注意せよ」・・ありがたい忠告だし、真実だと思う。
しかし、どう注意せよと??
そういうことを意識してしまうと、オーラを無意識にキューと縮めてしまう。なんだかそれは嫌だ。

自分が光で満たされているとおのずからそのような邪悪なエネルギーは退散する。このことを信じきるしか明るい未来はないような気がする。

今まで、まあ明らかに現世的に騙されていたんだろうか・・ということは確かにある。しかしこの二年ぐらい、何かおいしいようなお話がもちあがり、その人たちとの会談はいい感触で、まあそれでゴーサインかな。。と思っているんだけど、なぜかいざ契約書にハンコ・・という段になると、なんだか頭にモヤがかった感じになり、ちゃんと判読できない。仕方なくプロにみせたりしているうちにフェードアウト・・ということが続いた。今結果としてすごく助かっている。
良いとか悪いとかを超えた、何か宇宙の流れみたいなものを感じる今日この頃である。
オリンさん
2010年 10月 24日 (日) 00:44 | 編集
普通にスルーできる言葉と、なんだか心に突き刺さる言葉がある。
ずっと若いころのことで、まあ今シェアするのは時効だと思うのだが。
あんまり、その人の生き方がアニマルで・・なんで、ちょっと厳しいなっていうのがあって、私は結構ホメやる前から、自分と全然違うタイプの方でも全然OKというか否定しない傾向があるんだけど、それにしてもちょっとすごかった。
そういう人に限って悪魔のように魅力的なんだけど。憎たらしいことに自分でもそのことわかっていて、それを使って魅了しては、足で蹴り倒す・・みたいな。うーん、スパイダーエネルギー。

そんであるとき、「そういうやり方しかできないわけ?」とやんわり言ったら、もう烈火のごとく怒りだして、
「こうしないと生きてこれんかったんじゃーー」と怒鳴られました。まあ、その人の生きてきた状況はかなり厳しいものがあり、そう言われてしまうと、その人なりのサバイバルメカニズムなわけで、「お嬢さん育ちですみませんでした」みたいな気分になって、黙ってしまいました。その時は。

でも、その後まあ15年ぐらいたつけど、なぜか「こうしないと生きてこれんかった」という言葉だけが、頭の中でときどきエコーする。自分自身をきつい追い込みしている方を見るたびに「ああ、この人も生きてこれんかったんじゃ・・タイプかな」とか思ってきた。そこには、自分はそういうタイプじゃないな・・という気持ちも確かにあった。
でも、最近ちょっとすごいもんと直面してしまったんだ。

私はなんだか知らないけど毎日治療をしている人間で、それをちょっと教えたりもしているので、治療者側の心得というかバウンダリーというのに非常に敏感で、正直治療効果というものが、治療のテクによるものではなく、場の設定、場の設定力によるものが大なのだと思っている。これを理解し、縦横無尽にイニシアティブを握れることが鍵だと。だからこそ、治療者側のエネルギーが「~じゃないと生きていけない」とか、治療者側のニーズが強すぎると、共依存の関係を作ってしまい、ゾンビのように患者さんを寄せ付けてしまい、たくさん患者さんは来てくれるかもしれないが、そこには健全な治療の場が形成されにくい・・と。
だからこそ、自らがまず癒されること、ニーズはなくすことはできないが、まずそれに気付き、それと今目の前に起こる患者とのダイナミクスを少し分けて考える必要がある。
毎日朝から晩まで治療、治療、治療・・としていると、もうこのニーズとウォントの違いが不明瞭になってきて、運命の奴隷みたいな感じになってきて・・最近もその感覚が抜けきれず、その時間の合間に自分を取り戻そうと悪戦苦闘するのだけれど、ちょっと追いつかないな・・という感じ。そこで瞑想ワークしてたら、出てきちゃいました。名付けると「はなれごぜおりん」
怖いよ~~
それがこう言ったんです。「私は目が見えず、生まれてずっと三味線ひいて生きてきたんだ。だからこれしか生き方知らないんだ」と・・私もやってたんです、知らんうちに。「こうでしか生きて来られへんかったんじゃ~」を。だから、その言葉が深く響いたんですね。
オリンさんに、「いや、もうそんなことしないでも大丈夫ですよ」とハートから語りかけ、光を当てたら「そうですか、ありがとう」と結構あっさり成仏してくれましたけど。

ああ、長いことオリンさんもやってたんだな~と。
驚き体験
2010年 10月 24日 (日) 00:37 | 編集
連休前に、ちょっと驚くことがあって・・

急にある場所で腰が痛くなって。ずっと手を当ててたら「南京大虐殺の恨み忘れマジ」みたいなビジョンが浮かび、「何これ~?」
昨日、サイキックヘアサロンのお姉さん大絶賛で行った中国整体の先生のせいなんか、何?みたいな、頼むから私別に何も悪いことしてないし・・みたいな感じでいた。
すると、その場所の(まあお寺だったわけ)お坊さんが「こちらへ」って。
連れの方と、お茶とお菓子を呼ばれたわけですが、その高僧みたいな方がいきなり「ここの素晴らしい建造物は、皆中国人に作らせて・・うんぬん」

ああ、それでなんや。。あの中国人さんの集合意識全部拾ってしまってるし。そのことに気付いて手放した途端、腰の痛みはなくなる。
もう、そんな自分に直接関係ないことまで、引き受けたくないし身が持たないよ。
しかし、今回集合意識なるものの学びをすごくした。南京大虐殺が本当にあったかなかったか、その規模が実際どれくらいであったか・・そういうことは関係ない。しかしそういった思い、恨みであったり、罪悪感であったり・・そういうのは確実に遺伝し、伝染する。こういったものを解放していくワークが必要だ。

子供が、「台湾って、中国と日本の両方に手をひっぱられてかわいそうだ」とか言いだす。思わず食事中のお皿の中のチーズをネタに、「この大きいのが中国、これが香港、韓国、台湾、日本」「だから間に入るってのは悪いことばかりじゃない。両方の文化が行きかう場所になる、おいしいこともある」と、ついついチーズを動かしながらプレート上ファミリーコンステレーションする。子供は「わかったわ。ありがとう」とそのチーズをパクリとほうばる。まあ、あんまりシリアスにならないことがコツかもね。
東京の夜
2010年 10月 24日 (日) 00:33 | 編集
連休に、東京でちょっと修行してて子供と夜に合流。
もうでも無茶苦茶。
品川で降りるってことで、新幹線品川で待ってたら、指定の号車、席にお座りになっていたが、もう爆睡。停止時間2分ほど。もう車内騒然、見知らぬ人全員協力のもとに、寝ぼけた娘を電車から降ろす。
移動して滞在場所の渋谷へ。
とりあえず近くの空いてる店ってことで、バーに。
メニューは「アボガドと生ハム」「ピクルスとサラミ」 微妙~~だって、子供肉しか食べれないんだもん。私もガッツのある時なら、「よし、私がアボガドとピクルス受け持つから」と言えるんだけど、なんせもう深夜。ごめん、ビールだけで・・になってて
子供は果敢に「いや~私この生ハムとサラミだけでいいんです」と。あきらめた様子の店員さんは「わかりました、なんとかします」と
そして、なんとかしてくれて「生ハムとサラミ」だけの特別メニュー到来。

そういうもんつまみながら、子供がいきなり「ところでさ~、なんで人間には差というもんがあるの?」
ディープな質問なり。
因縁果についてたっぷり講義して、その日は終わる。つくづく妙な親子なり。
そう、人間は平等なんて妄想です。差がありまくり。でもそこから努力するしかない・・まあ、そんな話ですけど。
天皇
2010年 10月 24日 (日) 00:30 | 編集
10月18日、今日は、心を病む人の病院に。詰め所でちょっと時間待ちしていたら、入院患者さんの外出届けが置いてあり、ヒマなので、ボーとみてたら、ちょっと驚いた。いやかなり驚いた。
みんなあまり上手じゃない字で自分の姓名を行き先、時間を鉛筆で記入するシステムのようだが、そこには間違いなく、氏名「天皇」と書いてあった。
その前の日も、どうも 「天皇」は近くのスーパーにお買い物に行かれたご様子だ。

ちょっと、今日は段取りがいろいろあって、気を使わねばならず緊張気味だったのが、これで一気に力が抜ける。あ~それでいいんだ~みたいな。
私も、もう「女王です」とか言っちゃうんだ。みたいな。
もうなんでもありです、言ったもの勝ち。
仕事中も、一人患者さん診察しては、クククとちびまるこちゃんの野口さんみたいに笑ってしまう。
ありがとう、天皇。あなたのおかげで今日はだいぶ楽しかったよ。
子供の試験の日
2010年 10月 24日 (日) 00:26 | 編集
10月17日、は子供の試験の日。
今回はよっぽど自信がないのか、朝出かけるときやたらお守りグッズをかばんに詰め出した。
見ると私のお札みたいものまで入れてる。最後に、最近新刊のスピリチュアル雑誌付録のちゃっちい「幸運のお数珠」みたいなもんまで手にして出かけた。あと私の知り合いのヒーラーさんがくれた「頭のよくなる石」まで入れてるし。
終わって、「どう?」みたいな電話してみたら「難しかったよ~」って返事。
そりゃそうでしょ、あんたが行ったあとその雑誌読んでたら、その数珠「彼氏ができる数珠」って書いてあったわ。

私はその間、真面目に法事に取り組む。でも頼んだ人2時間遅刻。その間ずっと田舎の畑の真ん中にたたずむ。普段なら超イライラして、切れるところが、なぜかそうはならなかった。ススキ、鶏頭の赤い花、たわわの稲穂。その場所は私の生まれ育ったところではないが、何か原風景に近い。昔たくさん彼岸花を積んで、逆さにした籠にさして、花籠にした。走馬灯のように様々な思い出がよみがえる。
やっと来られた方と、ワークをして終了。ずっとその場所を守ってくれてきたおばさんに挨拶をして帰宅する。なんとおばさんは、神主の娘、そりゃ生き残って墓守することになるわ・・ちょっと観音様の話などで盛り上がる。話しているとノラネコがいっぱい寄ってくる。

子供と夕方合流して、今うちでヒーリングしてくれてるヒーラーさんたちと会食。おいしいと評判のおうどん屋さんに。でも私よく考えたら結局ビールと出し巻き卵だけ食べたよ。一本もうどん食べてないし。子供は「今うどんがこのあたりまである」と胸元をさす。そのあと、真夜中近くまで話し込む。がんばらねば、やることはたくさんある。
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