補完代替医療、統合医療について、治療風景、セミナー情報、ホメオパシー、セラピー、愛娘、愛猫♪などなど
代替医療 - 補完医療 - 大阪の皮膚科医 ドクター奈津のひとりごと
新聞報道
2010年 08月 25日 (水) 19:34 | 編集
私はテレビも新聞も見ないので、情報にうといが、生徒さんが情報を送ってくれたり、全然畑違いの方から「大丈夫ですか?」というようなメールを立て続けにいただいた。

しかし不思議なことに、そのことを知らずにいても、まるで昨日と変わらぬ日常、診察現場であり、そんなことより「私の体の不調、心の不調」を一生懸命訴える方と対峙する時間の流れに変わりはない。
現代医学で治らぬ人、見放された人、説明がつかぬ人に、「わかりませんね」「治りませんよ」と言い放つだけしかできないのなら、私はそんな仕事はもうやめたい。
それなら、町のちょっと親切な物知りおばさんでいたい。

意味のないことに時間とお金を浪費し、集団ヒステリーを起こすのなら、ことの発端のエネルギーとまるで同じである。まさに引き寄せの法則である。

今は冷静に、自分の足元をしっかり見据え、目の前の人に、そして自分自身に誠実であろうとするべき時である。
スポンサーサイト
感情の解放
2010年 08月 02日 (月) 09:29 | 編集
開業して早17年、ホメにのめりこみ10年。。。まあホメの前にもいろいろやりました・・治療オタクなんで、患者さんがよくなるものなら何でもやろうと。クリスタルもレイキもホメオパシーと出会うずいぶん前から実はやっていました。でも、臨床に使うのはなぜか当時は憚られました。今以上に社会的認知もなかったしね。
ホメに出会って、今まで学んだ他のメソッドの統合のように感じ、ちょうど私にはいい具合の右脳と左脳のブレンド感だったので、やっと世に出せた、生み出せたという感じはあるんです。
今は自分自身、その熟成時期にあると思うのだけど、その最中に、再度今まで見ないようにしてた他のメソッドのおさらいをしているんです。
というか、やはりホメにての治癒率は最初よりは上がれど、どうしたらもっと上がるのか?という点において、自分自身の枠組みを広げなければ、重箱の隅をつつくような感じで、このレメディーか、あれか?というふうにやっているだけでは、ステージが上がらない感覚が強くなったから。

私がセンセーションメソッドを最初に導入した時、本当にワンダフルなワクワクするメソッドだし、これは本当にすべてにおいて画期的だと体で感じたわけ。治療シーンだけではなく、自分の生き方自体がホメ的になるというか、そういう出会いで、前に辞めた秘書さんが最後に私にプレゼントしてくれたのが「no homeopathy, no life」とロゴのはいった(彼女が入れてくれた)バッグだったんですが、それくらいのめりこんでいた。今も熱い思いは変わらないんだけれど、そのために視野が狭くなり、「日本にホメオパシーを広げるためにだけやっているんだ」「ホメオパシーがどう効果を出すかが私のゴールだ」になってしまっていたら、ちょっと危険だと思いだしたわけ。だって、患者さんは別にどういう方法で治ってもいいのだから。熱くホメオパシーをやるのと、ホメオパシー狂は違うという感じかな。

そして、自分自身の状況の変化、それで考え直さない点も多々でてきて、私自身の生き方の枠を広げないと、進化できないところにきて。
で、何が言いたいかと言うと、ここらへんで欠けているのは「感情の解放」というテーマだったわけ。でも、ここは私が最もスルーしたかった分野なんで、なんとか現世で避けて通りたかったみたいで、かなり自分自身は追い詰められてる。でも、ここを乗り越えないと次にいけない。
センセーションメソッドに慣れた方は、おわかりかと思うが、このメソッドも感情はスルーする。私が学ぶ多くのスピリチュアル関係のワークもスルーする。感情なんてポジティブなものもネガティブなものも、もっていても意味がない、すべてもった瞬間に消すようにというメソッドもあったっけ。
現実このようなやり方は、感情を感じたり、表現するのが苦手なタイプには非常に受け入れやすい。自閉症的とも言えるかな。
しかし、私は最近自分自身についても強く感じるし、治療効果的にも感じるのだが、こういうスピリチュアル逃げみたいなやり方は、具現化の点で弱い点があるということ。(効果がないわけではない)エネルギーが変わっても、それが肉体、精神、感情といった、具現化レベルでの変化として表れにくいということに気付いた。

私は、元来感情表出に非常に問題のあるタイプで、泣いた経験というものがほとんどない。あまりに泣かないので「どうしたら泣くか」という実験を親にされたことがあるくらい。(これ自体プチ虐待だと思うが)母は非常に非常にヒステリカルなタイプ(故人なんで許して)で、こちらが表出するスキがなかった。そういうのもあって、治療現場で患者さんが感情を表出されても、それで治るのならよいが、多くの場合、感情の垂れ流しになるだけで、今回ちょっとガス抜きした・・という程度であり、また次回同じことの繰り返しというパターンが多く、非常に効率の悪い治療法であると思い、なんとかこれをスルーする方法として、センセーションメソッドを選んでいたこともある。しかし、感情の垂れ流しと、感情を出し切ることは違うということに最近気づきだし、かつ自分自身も非常に感情的な要素が強く、立場上感情的不安定ではいられないので、必死で安定ぶろうとしていたわけだが、感情的ということを感情を感じ、感情を出し切ることはまるで別次元のことであり、これを欠くと人間としてのグラウディングが非常に弱くなり、ひいては治療者としての資質にも問題となる。(もちろん一個人としても幸せなことではない)

感情の解放、表出・・これが最近のテーマです。
8/1
2010年 08月 02日 (月) 09:09 | 編集
8月1日は
東京原宿にて学校のスクーリング兼マックレパートリー(ホメオパシーで使うソフトウェア)の講習会があり、早朝から新幹線に乗っています。
原宿は竹下通りのちょっと路地はいったところで、パーパスジャパンという渡航関係の会社さんが、非常に御好意に、場所を提供してくれてはります。ありがとうSさん、いつも。
何の関係もない、しかも畑違いの業界の私に、本当に御親切に・・今日だって、彼休日なのに、店を開けに来てくださって。なんとお礼を申してよいのやら・・
お礼に、彼の会社で「海外ホメオパシー状況視察ツアー」でも組めたら、本当にいいんだけど、バブリーなことを今やっている時期ではなく、まだまだ基礎固めなんで。もうちょっと待ってくだされ。彼から「こういうヘルプをするのは、先生が本当に純粋にこの医学を広めたいと思っているとわかっているからだ」と言われたことがあるので、そのことを裏切らないようにしたいと思っています。
しかし、竹下通り・・すごいことになっていますね。私はセミナーの合間にスタバかドトールかでテイクアウトコーヒーしたいだけなんですが、なかなかそういう店が存在せず、クレープのお店とか、そういうのは山ほどあるんだけど、すごい人ごみ、しかもほぼ全員目をむくようないでたちのみなさんの中を逆行したりしてテイクアウトコーヒー探しにいくのは結構つらいです。

ところで、マックレパートリーはプロの臨床ホメオパスをするうえで必須のアイテムだと思います。膨大な情報を全部記憶するわけにはいかないし、いちいち文献を全部読む時間もないですから、そういうものはITにやらせればいいわけで、私たち人間はそのぶん、人間としてもつ最高の叡智を使い、患者さんから役立つ情報収集に全力をあげたほうがいいわけです。まあ、分業ですね。 マックレパートリーがいいな、と思う理由は、作った方がホメオパスであるということも大きいです。デイビッドはその点私は天才だと思います。まさしくホメ界のITの頂点かと。
彼自身数々のセミナーに自ら出席して、講師の真髄を理解してから、それをソフトに組み込むので、決して算数的ぶちこみかたじゃないということ。ITといえど、やはり右脳的、左脳的観点の両方から作られているという点が素晴らしいと思うのです。ですから、これを使う我々は決してコンピューターの奴隷になってはいけない。コンピューターのサポートは受けるけれど、あくまでも人間対人間の治療関係においての、サポートであるという意識を常にもつことが重要だと思う今日この頃である。
我々の役目とは
2010年 07月 24日 (土) 08:54 | 編集
ルークラインのセミナーで彼もコメントしていたし、私も強くこのことを感じている。

患者が本当に治ることは、より自由、フレキシブルになること・・こういう定義は私がずっと提唱してきた、ボンベイメソッドのホメオパシーを学ばれている方ならよく慣れたコンセプトだと思う。
しかし、このことをどれくらいわれわれ臨床家、ホメオパスに許しているだろうか?
不自由で、フレキシブルでない臨床家に人を本当に自由にできるのだろうか?

我々の役目は、
「病で命を落としそうなわが子を抱え、なんとか助けてくださいとすがる母親の気持ちにどこまで答えられるか」というヒューマニティーに尽きると思う。そこに根差したことなら別にメソッドにこだる必要があるのだろうか?我々は別に「現代医学が正しいことを証明する」とか「ホメオパシーのこの方法が正しいことを証明する」ということが究極の目的ではない。このヒューマニティーこそが目的であり、ホメオパシーはそのツールの一つにすぎないのでは?確かにひとつのメソッドをシステムとして根付かせるために、できるだけ科学的エビデンスを備えるということは重要なことだが、大事なことを忘れてはいけないと、自分に言い聞かせる今日この頃である。
アスペルガーとかADHD
2010年 07月 16日 (金) 13:54 | 編集
ハーイ、手をあげて言います。私もわが子も立派なアスペルガーです。診断を受ければ・・「診断受けてもねえ」と専門医受診はしていませんが。立派に基準を満たしています。(自慢げに言うなって)
毎日たくさんのアスペルガー、ADHDのお子さんが診察に来られます。私は人間として社会生活に困っている場合のみ病理とみなしています。それ以外は個性であり才能でもあると思っています。だから悩み苦しみ涙で来られる親御さんに「ほんであなたのお子さん何がおかしいの?」「何が困るの?」とちょっと非情な言葉を投げかけてしまいます。でも、返答は「うちの子は普通じゃないから」みたいなことが多いです。「普通って何?」・・
ああ、また始まっちゃたよ、私節みたいな・・

先日もオランダ学会で神道とホメオパシーの講演に行ったのだけど、主催者のオフィスで私と子供が待っていたらちょうど患者さんがいてて、男の子で明らかに精神的に異常があり、歩くこともままならず、時折痙攣的な動きと奇声を発するのだけど、うちの子は全然平気でその子の横でレゴブロックかなんかしてて、私が「どうなん、あの子、何が問題なん」みたいなことを子供に聞くと「別に何の問題もないじゃん、めっちゃハッピーそうにニコニコしてるし」とのこと、「そうだよね~」と妙に納得、心配なのはやっぱり親御さんだよね・・それもわかるし。でもここまで満足そうでハッピーチャイルドを治すっていうのもなんだかおこがましい気がして、もし私が彼の担当医だったらどうするかと考えていたわけです。私も子供も「彼の周りには天使がいっぱいいるね」というところで一致しているし。まあかなり考えた末、私の出した答えは「でもさ、天使とつながっているだけで、歩かずちゃんと話さないのならきちんとこの世に生まれる意味ないじゃん。ある意味彼はまだ生まれることに準備できていないといえる・・それが病理だよ」

私はこの領域の子供たちが「普通じゃない」ということだけで治療されるべきではないと固く信じている。彼らがこの世に生まれた本当の意味を考えることが治療の第一歩だと思う。今週末京都山科でルークラインのこの領域のホメオパシーケースの照覧をする。乞うご期待!!
copyright (C) 代替医療 - 補完医療 - 大阪の皮膚科医 ドクター奈津のひとりごと all rights reserved.
designed by polepole...